Top

10円玉クーラーの有効性について ― 熱工学による考察

最近、スマホなどに10円玉を張り付けて冷却するというのが流行っているらしい。
この有効性について熱工学を用いて考察する。最初に結論を言えば、筆者は有効性に否定的である。

熱伝導・熱伝達モデル

付属物(10円玉)がある場合とない場合の熱伝導・熱伝達モデルを考える。
下の図は発熱体と付属物の断面図である。説明を入れる都合上、付属物(10円玉)は分厚く描いてある。
発熱体から発生する熱を Q [W]、大気の温度を Ta [K] とする。
発熱体だけの場合の、発熱体の表面温度を Th1 [K]、発熱体と大気の間の熱抵抗を rha [K/W] とする。
発熱体に付属物がある場合の、発熱体の表面温度を Th2 [K]とする。
発熱体と付属物間の熱抵抗を rhx [K/W], 付属物の熱抵抗を rx [K/W]、付属物と大気の間の熱抵抗を rxa [K/W] とする。



熱伝導・熱伝達は電気回路とのアナロジーが成り立つ。
熱は電流に、温度は電圧に、熱抵抗は電気抵抗に対応する。オームの法則 V=rI の代わりに、T=rQ が成り立つ。
厳密には対流の様相は複雑で、流体に対する熱抵抗は定数ではない。しかし、一次近似としては有効なモデルである。
放射による伝熱については 100℃程度ならば通常無視してもほとんど影響ない。

計算

このモデルを用いて、発熱体だけの場合の発熱体の表面温度を Th1 と発熱体に付属物がある場合の発熱体の表面温度を Th2 を計算する。
後者は付属物の表面温度ではないことに注意する。そもそも付属物を設けるのは、発熱体の冷却を意図したはずだからである。
計算結果は次式となる。
 Th1 = Ta + Q・rha
 Th2 = Ta + Q・(rhx + rx + rxa)

ところで、rha と rxa は両方とも固体―気体間の熱抵抗である。
固体―気体間の熱抵抗は、気体の密度が固体に比べて著しく小さく抵抗の主要部分を占めるため、ほとんど気体側の条件で決まってしまう。
よって気体に接する部分の形状が同じ(今回の場合は平面)ならば、rha ≈ rxa と近似できる。これを用いて式を書き換えると、
 Th1 = Ta + Q・rha
 Th2 = Ta + Q・(rhx + rx + rha)

熱抵抗は正の値なので、Th1 < Th2 である。すなわち、意図に反して付属物がある場合の方が温度は上がってしまう。
つけない方がよい。

特に10円玉が不利な点

付属物として 10円玉は特に不利な点がある。10円玉は表裏に模様が刻まれている。
この模様の凹凸のせいで、発熱体と10円玉との接触面積が減少し、熱抵抗が増加する。式で言えば rhx が大きくなる。




どうすれば有効な冷却器になるか。

10円玉では冷却に有効でないという結論になった。では、どうすれば効果があるか。

付属物と大気の間の熱抵抗 rxa を小さくする

気体に接する部分の形状を変える。付属物にひだひだをつけるなどして、大気との接触面積を増加させる。
これがメインである。発熱体と同じ形状(平面)では rha ≈ rxa で、勝ち目はない。

発熱体と付属物の間の熱抵抗 rhx を小さくする

発熱体と付属物の表面を滑らかにして密着するようにする。接触面にシリコングリスを塗る。

付属物の熱抵抗を rx を小さくする

銅やアルミニウムなどの熱伝導率の高い材料を使う。

結局、対策をまとめると一般的なヒートシンクになる。




特殊例 同じ形でも有効なケース

発熱体の形と、付属物の空気と接する部分の形が同じでも有効なケースもある。発熱体の発熱箇所が一部に偏っている場合である。
そんな時に発熱体より熱伝導が良くて、発熱部分より広い付属物があれば、それを介して熱が流れ大気との有効な接触面積が増える。




ただし、付属物と接している発熱していない部分の温度が上がってしまう。巻き込まれる。
これを防ぐためには、発熱している部分だけで接触する形状にすればよい。すると、やはりヒートシンクぽくなる。